Ordinary People Do Extraordinary

ロンドン大学の大学院で広告・広報・マーケティングの勉強をしていましたが、2014年9月に卒業予定。イギリスでの就職を目指します。

【小説編】2012年ベスト本

*2014/9/10 カテゴリ・本の引用方法を更新しました

 

こんばんみ。Sumです。寒いです。

今日は昨年読んだ本のなかで、特に面白かった本について書きます。1~5は順位ではなく、読んだ順です。

 

1. 道尾秀介「向日葵の咲かない夏」

超後味が悪いです。グロい。エグい。そしてもう一度書きますが、超後味が悪い。決して朝の通勤時間のひとときのお供にするような本ではありません。

でも、凄い小説だなあと思うのです。発想の勝利。主人公のミチオ(作者の苗字と同じですが・・・)は、同級生の首吊り自殺を発見するのですが、その死んだ同級生・エス君が蜘蛛に生まれ変わってミチオに「僕は殺されたんだ」と言い出します。前半はミチオがワトソンさながらエス君の死の真相を探っていくのですが、徐々におかしな出来事が起こります。「信頼できない語り手」である主人公のミチオが視ている世界が明らかになったラストは、戦慄が走りました。「どんでん返し」と呼ばれる小説は何冊か読んできましたが(「イニシエーション・ラブ」とか「葉桜の季節に君を想うということ」とか)、まさかこんな手が残っていたとは。残酷な内容と救いようのないラストは賛否両論でしょうが、私はこの手法を編み出した作者に惜しみない拍手を送りたいと思います。もう二度と読みたくないけど、スゴイ本です。

*ググったりAmazonのレビューを調べるとネタバレするので禁止ね!

向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)

向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)

イニシエーション・ラブ (文春文庫)

イニシエーション・ラブ (文春文庫)

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)

 

2. J・M・クッツェー「恥辱」

実は同じタイトルの別の小説を借りようとして、間違って借りてしまった本です。しかし、思わぬ掘り出し物に出会うことができました。偶然に感謝。

とてもクールで乾いた文体はとことん客観的で、まるで新聞記事のように元大学教授の主人公・ラウリーの転落人生を描写していきます。ラウリーは50を過ぎているのに女性を諦めることができず、セックス依存症患者のように次々と女性との情事を繰り返します。教え子と関係を持ちますが、大学当局にバレて裁判沙汰になり、結局放逐されてしまいます。

ラウリーは同性愛者の一人娘が営む農園に向かいます。牧歌的な風景、牧歌的な人々。しかしラウリーはそんな風景に慣れることはなく、むしろ彼女がつきあう人々や大切にしているものを、内心バカにして蔑んでいます。

しかしある日、日常は突然崩壊します。3人の強盗が押し入り、ラウリーは大怪我を負い、一人娘はレイプされます。歴史は繰り返す、と彼は思います。南アフリカアパルトヘイトの歴史。日常的に繰り返されるレイプ。

ラウリーは娘を説得しようとします。こんなところで一人で働いては危険だ、一緒にヨハネスブルクに戻ろう。しかし一人娘はそれを拒絶します。

恥辱(原題は"Digrace"です)とは、体面や名誉が傷つけられることです。ラウリーは自分の過ちから名誉ある職業を剥奪され、その罰であるかのように一人娘がレイプされます。自分の価値観を粉々にされ、文字通りの恥辱にまみれたラウリー。彼は最後にどのような選択をするのでしょうか?

意外なことに、読後感はさわやかなものでした。さわやかは言い過ぎにしても、これ以上のラストはないように思いました。私はエガちゃんの名言「人としての底辺?いいじゃねぇか!どんなにどん底にいても、どんなにボロボロになっても生きれば!」を思い出しました。

恥辱 (ハヤカワepi文庫)

恥辱 (ハヤカワepi文庫)

*読みたかった本はこっちでした。未読。

恥辱 (小学館文庫)

恥辱 (小学館文庫)

 

3. J・M・スコット「人魚とビスケット」

人魚、聞いてくれ。誰かの血を飲むの、どういうことか知らないのか? 忠誠の誓いだよ。あんたを傷つけるくらいなら、死んだほうがましだ。あんただけ、俺によくしてくれた。

桜庭一樹さんが読書日記で言及されていたので、ずっと読んで見たいなあと思っていたのですが、Amazonでは廃刊で買えず。ようやく古本屋さんで発見しました。

いやー、超面白かったです!! 登場人物は主に4人だけですが、なんなんだろうこの濃密な空間は!

物語は1950年代のロンドンで実際に新聞に掲載された読者からの個人広告を起案としています。この不可思議な広告では、「ビスケット」と名乗る男が「人魚」に名乗り出よと問いかけ、それをしなければ「あの出来事」を出版すると呼びかけます。それに対して「ブルドッグ」が「ビスケット」に、なぜ過去の出来事を蒸し返すのか、と疑問を呈します。ついに呼びかけに応えた「人魚」は、出版してはいけませんと「ビスケット」を諌めます。

これは本当にあった広告らしいのですが、とても興味が掻き立てられる内容ですよね。読者はこの一連の個人広告の応酬に白熱するのですが、結局真相が明らかになることなく広告は途絶えてしまいました。それにインスピレーションを得た著者が、本書を執筆することになるのです。

最初に書いたように登場人物は4人だけなので一見退屈に思えますが、実際は4人目の人物「No.4」の存在がスリリングで読者をハラハラさせます。クライマックスはやはり「No.4」が「人魚」に思いを告白するシーン。「あんたを傷つける気はなかった。あんたの血を飲んだよ」いやー、すさまじいセリフだ。

とても面白かったし、ぐっと心に残る小説のだったので、ぜひ復刊して欲しいものだなあと思います。

人魚とビスケット (創元推理文庫)

人魚とビスケット (創元推理文庫)

 

4. ダフネ・デュ・モーリア「レイチェル」

お願いだ、すぐにきてくれ。ついにやられた。私をさいなむ女、レイチェルに

この本も例のごとく、桜庭一樹さんの読書日記で見つけたものです。本当に、読書好きの読書記録ほどためになるものはないなあ。

さて、「レイチェル」(My Cousin Rachel)は、デュ・モーリアの出世作である「レベッカ」と双璧をなすと言われている恋愛小説です。

小説の舞台はイギリスの田舎町。両親を失い、20も年の離れた従兄に大切に育てられたフィリップは、療養のためフィレンツェに滞在していたその従兄のアンブロースから手紙を受け取ります。「お願いだ、すぐにきてくれ。ついにやられた。私をさいなむ女、レイチェルに」フィリップは急いでフィレンツェに向かいますが、アンブロースはすでに急逝しており、その妻のレイチェルは従兄の荷物を全て持ったまま行方をくらませていました。

フィリップはレイチェルを深く憎みますが、いざレイチェルと対面すると、彼女はフィリップの想像とはかけ離れた女性でした。小柄で繊細な手、美しい容姿、そして控えめな態度。フィリップはたちまちレイチェルの虜になってしまいます。

あらすじはこんなかんじで、端的に言うとうぶな男が年上の美女にコロリと転がされる話です。フィリップがレイチェルに惹かれ、自分を失っていく様が丁寧に丁寧に描かれていて、読者としては「フィリップあかん! それちがう! それ恋やない! アンタがそう思ってるだけや!」と叫びそうになってしまいます。それぐらいフィリップは女性に免疫がなくて、言わば恋に恋しているといったところ。特に目が合っただけで「抱き合ったような気分になった」とかね… 本当におめでたい野郎だなw と失笑を禁じ得ません。

しかし、恋の喜びとは本来はそういうものであったはず。私も決して恋愛豊富と言えませんから、たまに素敵な殿方にお目にかかるとそのように舞い上がってしまうのも事実。ですから最初はフィリップに同情していたのですが、レイチェルに心を奪われてからのフィリップの行動には本当にイライラしましたw アンブロースの遺書にサインして、レイチェルに全財産を贈ることにしちゃうし、家宝である宝石を引き出してレイチェルにあげちゃうし。もう、見てられんー!

さて、クライマックス。ついにレイチェルが自分と結婚する意志がなく、フィレンツェに帰るのを引きとめられないと知ったフィリップ。あんなに熱狂的に愛した人からゴミのように打ち捨てられたとき、「あなたこそ私の世界だ」「最初で最後の恋」とまで言わしめた恋愛に敗れたとき、フィリップはどんな行動に出るのでしょうか。ぜひ、最後まで読んでみてください!

レイチェル (創元推理文庫)

レイチェル (創元推理文庫)

 

5. ダフネ・デュ・モーリアレベッカ(上)(下)」

初恋という熱病に二度とかかることがないのはありがたいことだ。詩人たちが何を言おうと、初恋はやはり熱病であり、つらく苦しいものだと思う。

二十一歳というわたしには、すばらしいものどころか、小さな臆病新やこれまた小さな、何の根拠もない不安でいっぱいのものだった。それに我が身我が心のなんと傷つきやすいことか。少しでも棘のある言葉を耳にしただけで、深手を負って倒れ伏してしまう。中年を前に泰然と鎧をまとったいまのわたしは、かすかに心を刺す日々の棘も表面をかすめるだけでじきに忘れてしまうが、あのころは、ちょっとした一言がいつまでも胸にくすぶり、何気ない一瞥や肩越しの視線が、烙印のように我が身に深く焼き付けられてしまったものだ。

「レイチェル」を読んだら「レベッカ」も読みたくなってしまい、結局買ってしまいました。デュモーリア、もっと早く出会いたかった!

本当に本当に、完璧なストーリーでした。謎めいた物語の始まり。美しい海岸沿いの屋敷、マンダレーの光景がまざまざと描き出されます。でも、マンダレーは「もうない」と「わたし」は言います。どうしてでしょうか?

名前さえ与えられていない(本当に出てこない。「わたし」だけ)少女が、貴族の後家として迎えられ、豪奢なマンダレーの屋敷と対峙します。そこは事故で亡くなったという前妻の怨念が満ち満ちた邪悪な場所でした。前妻に精神支配された女中頭、前妻をめぐって争う夫と従兄弟。

女中頭が選んだドレスを身にまとって少女が登場し、ドレスの意味を知る皆がドン引きするシーンも昼ドラチックで素敵ですが、やはり白眉はラスト。多くの男を狂わせた前妻が本当に愛していたのは夫だったのか、それとも従兄弟だっのか? 衝撃の答えが明かされます。そしてマンダレーに戻った二人が見た、信じられない光景とは・・・? ああ、書いているだけでまた読みたくなってきた!

「邪悪な女」文学の金字塔に立つ小説といっても過言ではないでしょう。悪女に絡め取られたい方に、間違いなくオススメできる小説です。

レベッカ〈上〉 (新潮文庫)

レベッカ〈上〉 (新潮文庫)

レベッカ〈下〉 (新潮文庫)

レベッカ〈下〉 (新潮文庫)

 

何度か出てきますが、3-5は全て桜庭一樹さんの「少年になり、本を買うのだ」で紹介されていたものです。桜庭さんの読書歴はスゴい。本当に参考になります。

 

次回は【小説編】2012年ベスト本・次点編を書きたいですね。

 

Sum